小倉祇園太鼓

場所 小倉北区小倉城周辺
日時 7月第3土日頃
元和4年(1618年)疫病が流行した時に、平癒祈願として須賀大神を勧請し、町中を祈祷して廻ったのが始まりと伝えられています。細川氏のあと小笠原氏が入城してから、年々華やかな祭りへと変わっていきました。幕末の文久2年(1862年)には、23町内から山車21、踊車11、人形飾山4、笠鉾16が参加したという記録が残っているそうです。その後の長州戦争で敗れた小倉藩は、企救郡(小倉、門司)を長州に割譲し、豊津へと退きました。祭りの規模は次第に縮小していき、明治の中頃からは、太鼓を主体とした祇園へと変わっていき、現在へと至っています。