船待神社秋季例大祭

場所 堺市湊地区
日時 9月第3土日
元々は塩穴郷に塩穴天神として鎮座していたそうです。菅原道真公が九州大宰府に流される際この地に立ち寄り、船を待つ間松を植えたと伝えられているそうです。その後道真公の子孫がこの地を訪れ、道真公を祀り船待天神社と改称されたそうです。元々祭りには船地車が出ていたそうですが、明治29年死者が出る喧嘩騒動があり、堺の地車は禁止されたそうです。明治40年頃からふとん太鼓が許可され、各地に広まったそうです。昭和20年7月の堺大空襲でほとんど焼失したそうですが、戦後再び復活し、途中中断した時もありましたが、再度復活し現在に至っているそうです。