山笠とは本来、博多櫛田神社に合祀されている祇園社の、祇園祭に奉納される山車の事をいいます。厳密に言えばそれ以外の祭りの山車は
山笠ではなく、あくまでも山笠に似た山車という事になりますが、福岡県内では祭りに使用される山車を、山笠と呼ぶ事が多いようです。博多っ子
もあえて苦言を呈する事もなく、広く山笠という名が普及しています。博多祇園山笠に関しては公式の物をはじめ、数多くのHPが公開されています
ので、詳しくはそちらの方を参考にされて下さい。
山笠の形態に関しては、通常博多系、浜崎系、日田系、直方系、津屋崎系という風に分類される事が多いのですが、当HPでは、行橋市の今井祇
園の山車を今井系として扱う事にします。豊前の国の山笠発祥の地でありながら、何故か除外される事が多いようですが、他の地区への影響力は
強く、現在でも苅田、赤村、田川、川崎、八屋と今井系の山笠が残っており、あえて取り上げる事にしました。
博多系(飾り山笠)
浜崎系
日田系
直方系
津屋崎系
今井系
舁き山
博多の山笠にはいわゆる飾り山笠と舁き山とがあります。かつては飾り山笠を舁いていたそうですが、明治なって
電線が架設されるようになり、飾り山笠と舁き山とに分けられるようになったそうです。祭りの期間中、博多の街中
には飾り山笠が飾られており、それらをすべて見て廻るのも楽しいものです。博多駅を降りると、まず最初に目に飛
び込んでくるのが、駅前に飾られた山笠です。少し歩けば東流れ、千代流れの飾り山笠も見られますし、地下鉄を
使えば、比較的楽に他の地区の飾り山笠も見る事ができます。また櫛田神社には1年中飾り山笠が飾られていま
すので、いつ行っても見る事ができます。飾り山笠は岩山と呼ばれており、山水画をイメージした作りになっていま
す。博多から伝わったといわれる浜崎の山笠も基本的には岩山ですが、博多の杉壁が南瓜棚になり、浜崎独特の
遣り出しを持っており、通常浜崎系と言われ区別されています。佐賀県内に現存する山笠はその多くが浜崎系であ
り、かつては浜崎に人形師もいたそうです。現在では東唐津の坂本人形師と湊の山口人形師が多くを手がけ、また
小友祇園山笠
竹並祇園山笠
博多の人形師の手による物もあるそうです。浜崎系の中でも小友祇園山笠は比較的博多の形状に
近く、舁き山である事も他の浜崎系とは異なっております。また漁港の山笠にふさわしく、満潮の海
の中を渡る山笠としても、広く知られています。基本的に博多の岩山と同類の竹並祇園山笠ですが、
博多と大きく異なるのは、四隅にバレンを飾っている事です。社殿内に飾られた山笠図(明治12年)
にはバレンは描かれておらず、いつ頃から飾られるようになったのかは不明です。ただ小友の山笠
にも四隅にバレンが飾られており、博多以外で現存する舁き山の双方にバレンがあるというのは、
実に不思議なものです。また竹並の近くにある脇田祇園山笠も数年前までは岩山の舁き山でした
が、現在では幟山笠に姿を変えております。日田では山笠とは呼ばず山鉾と呼んでおりますが、そ
の形態は浜崎と共通する部分もかなりあります。お囃子に三味線がある事もそうですし、張り出しの
形状も良く似ています。明治以降日田と浜崎には行き来があったようで、浜崎は日田の影響も受け
ているようです。日田では平成山鉾が往年の姿で復刻され、その後隈田地区を中心にかつての姿
に戻す傾向にあるようです。平成23年には大和町の山鉾もかつての大きさで新製され、豆田地区で
も巡行に支障のある電線が地中化され、今後かつてのような山鉾が復活する計画もあるようです。