津屋崎祇園山笠
田熊山笠
上須恵祇園山笠
段天山笠
津屋崎系の山笠は、
直方系と同じく伽藍
に人形を乗せた山笠
で、津屋崎の原田人
形師の手による物で
す。直方の原田人形
師とは縁戚関係のた
め、人形の形状は実
に良く似ており、判
別は困難です。
地元津屋崎の山笠はもちろん、田熊、鐘崎、上須恵をはじめ、最近は中止されておりますが、段天の山笠も津屋崎系です。未確認の情報ではあります
が、壱岐の山笠も津屋崎系らしく、一度実物も見てみたいと思っております。
生立八幡
赤村
安宅
八屋
川渡り
京都の祇園社を勧請したと伝えられる今井の祇園社ですが、豊前の国の祇園祭の発祥の地とされています。かつては京都郡一帯で幟山笠が見られた
そうですが、現在では限られた地域になっています。今井の幟山笠が1台だけになってしまったのに対し、犀川の生立八幡では、昔ながらの舁き山と曳
山が勢ぞろいします。かつては各地区から川を渡って来ていたそうですが、現在では神社前での巡行になっています。赤村でも昭和30年代までは、各
地区ごとに幟山笠が出ていて、犀川と同じように川を渡っていたそうです。現在上赤と下赤とで2台の幟山笠がでています。川崎町安宅の幟山笠は、一
見名古屋型の山車を連想させる造りですが、からくり人形があった記録はないそうです。ただ枇杷島の山車も、当初はからくり人形はなかったそうです
ので、意外と何らかの関係があるのかもしれません。八屋祇園も今井から伝わったそうですが、夜に提灯を飾る等独自の進化をしてきたようです。今井
、豊津、犀川、赤村と伝わっていった幟山笠ですが、もう一方で行橋、勝山一帯にもあったそうで、仲哀峠を越えて田川地区にも伝わっていったようです
。石炭で栄えた田川地区は、大正期になってから地元の氏子以外にも祭りの参加を認めるようになり、現在のような川渡りの形態へと変化していったよ
うです。